夢叶い、露天風呂なお宿のようなおうち!
私の家創りにのコンセプトは、お宿のようなおうち。
と、ハッキリしていました。
幸い、夫婦とも趣味も好みも似ているので
家の夢で揉めることもなかったです。
私は温泉、お風呂が大好きです。
昼ランチつきの日帰り温泉は、二ヶ月に一回のペースで、温泉仲間と。
マンション暮らしの時は、車で30分の所に湯どころがあり、週に一度は、一人温泉。
露天風呂に浸り、ゆ~っくりするのが、癒しとリフレッシュでした。

温泉旅行も数々行きましたが、その中で一番気に入ったのが、小豆島の島宿真理さんです。
まだ、開店当初でしたが、大旅館のような、派手さや豪華さではなく、丁寧な気配りと連泊したくなる、居心地の良さ、和の素晴らしさを、再認識させてくれた忘れられないお宿です。

それからですね。
お宿のようなおうちに住んで毎日こんな暮らしがしたい、と願うようになったのは。
自分の一番寛げる空間、暮らしが、明確になったからだと思います。
でも、そんなこと夢のまた夢の夢、、
そんな諦めもありました。
ハウスメーカーで、そのようなおうちを扱っているところ、、、見に行くこともできないお値段、、、の世界でしたから。
でも、この家を設計してくれた建築家さんとの出逢いで、私の夢は実現したのです。
嘘のような本当の話しです。
建築業界のことは、色々素人にはわかりずらいこと多いですよね。
一生で一番高い買い物、多くの一般庶民にとって、、。
だから、勉強もしました。
大体、原価もわからないし、本当の家の相場がわかりにくい。
でも我が家の場合、お金は予算内で夢が叶ったのには、色々な要素があってのことだと思います。
そんなことも、書いていきますが、今回は、拘りのお風呂、露天風呂も叶ったことを、ご紹介したいです!

まずは、雪の日の、バスコートと露天風呂の風景を。

こちらが、内風呂です。
石は玄昌石という滑りにくいものを使い檜張りのゆったりとした広めのお風呂です。
なんと、、、オーダータイプ、在来工法での我が家の湯どころ。
システムバスを買うよりもお安くできたんです!!
建築家さんと、職人さんに感謝感謝です。
脱衣所も含めるとかなりの広さになります。

こちらが、お風呂脱衣所入り口です。笑。
引っ越してきてから、四年になりますが、私は外風呂には行ったことはないです。
価値観は人それぞれですね。
メンテナンスのしやすさを一番に考えたり、ジェットバスやミストなどの機能をほしい方、、、は、我が家のお風呂には不満足だと思います。
確かに、旅館の女将並みに、時には石を磨いたりしますが、満足感に比べたら、たやすい御用で、むしろ、女将仕事向いてるかも~😄なんて、いいながら、お風呂生活、充実しています。
そして、まだまだ、開発途中です。
バスコートをどうしていくか、、
一時は盆栽コーナーにしていましが、
今後、露天風呂空間を充実するべく、バスタブの周りに石をもって、蛇口も木で加工してオリジナルのものを創り、もっと趣のある我が家の湯にしていきたいです。
お宿のようなおうち、、本格的に仕上げていくのは、まだまだこれから、自分たち、時に縁あって出合った建築家さん職人さんと共に!です。

日本初のホスピス。私のベースになったもの。
ナースプラクティショナーの事を書いたことから、このブログに来て下さる方が多くいるので、私の看護師としての、医療や看護、命に対する向き合い方、、のベースになったことを、今日は少し書いてみたいと思います。
まずは、このベースがあるから、そしてそれがぶれていないから、以降の葛藤や、暗雲を感じた部分や色んな違いに苦しみ、人の命に関わる従事者、法律や行政の取り組み方、、時代がどう進み、変貌しようと、変わらない変わってはならないスタンス、有り様というものがあるのではないか、、、。
私の気持ちを記す上で、その大元を記す事が、大事だと思うからです。
私が学んだ学校は、長谷川保先生が開拓なさった、聖隷事業団、今のクリストファー大学の前身時代の、聖隷短大です。
当時は看護大学は少なく、関西出身の私は、関東の大学より、聖隷の精神に魅了され入学しました。
長谷川保先生や、ホスピスの初代所長の腹義雄先生、千原明先生を始め、日本の医療を開いてこられた先生方から直接ご指導頂いた教えは、人の命に関わる者としての、基本的なあり方として、ストレートに入ってくるものでした。
長谷川保先生、原義雄先生、千原明先生のお働きは、私が記すより調べて下されば、よりわかりやすいと思います。
学生時代から、ホスピスに出入りさせて頂き、ボランティアとして、患者さんと接する機会を頂けたこと、医療チームとしての働きや、日本で初めてのホスピスということで、日本中から志ある方々が、絶えずボランティアとして、入れ替わり立ち替わり、学びながらいらっしゃり、その輪の中に入れて頂き、現場を体験できたこと、本当に、宝です。

原先生、千原先生の患者さんご家族に対する医者としての姿は決して忘れることはできません。
長谷川先生は勿論ですが、
原先生、千原明先生の、揺るぎない信条は徹底して、社会的弱者の側につく。
貧困、精神疾患、障害などで差別されている人々を手厚く迎えもし、病んでいる患者さんご家族、死を目前にした人々のベッドサイドに座り話しを聞き、医療を提供するお医者様、、という高慢さはなく、一人の人間として、向き合う、、
その講義を受けれたことは、今振り返っても、本当に幸いだったと思うのです。
富や名声や権力よりも、医者だぜーと偉そぶることは決してない、むしろ、そんなお高くとまることを、毛嫌いされていたのでは、と思います。
そういう命に携わる者として、、、素晴らしい模範を、私は学生時代に既に目の当たりにし、学べていたのです。

そして、卒業後はその総合病院に勤め、病院の理念がキリスト教の隣人愛をうたっているので、今看護師としとの歩みを振り返っても、初めにとても質の高い医療と看護の現場で、スタートできたことが、私のベースに強くあり、その後、病院や携わる現場が変わっても、今もなお生き続けているのだと思います。
聖隷病院で働き、体験できた、チームでの医療、忘れることのできない患者さんを中心に、心血注いで、人間としても自分も揉まれながら、心に刻み込まれた、命を中心に、繰り広げられた一つ一つのケース。
私の気持ちを語る上で、良かったと思える患者さんご家族との関係や、医療看護としてできたケア、、そのような大切なことも、書いていきたいと思います。
その上で、悲しい現実、妥協すべきではないのでは?と、考えていることを、記していければ、私が何故、このようなことを書くのか、、より深く理解して頂けるのでは、と思うからです。

今日は、そのさわりだけになりましたが、一回に書ける記事も少ないかも知れませんが、これからも続けて書いていきます。
読んでくださり、ありがとうございました。
春の訪れをチェック。庭散策。造園職人気取り!
風が強いですね。
気温は春らしくなってはきたものの、風の音も何故か、怖いくらい。
体の不調をもたらさないように、まずは、自己メンテがベースです。
季節の移り変わりは、人間の営みと無関係に、秩序あり、確実に次の季節へとバトンが渡されていく、その小さな奇跡を、見逃したくはない、私なのです。
冬の間、今年は手をかけてあげれなかったから、、細かくもチェックしてあげれなかった。
今日は、少し、細かく見て回りました。
気分は、造園職人です!うふふ('∇')。

あらぁ!宝石発見!
竜のひげの実です。
わぁ、、増えてくれるのね。
うれしいわぁ。

あなたは、水仙ちゃんね。
勢いよく、伸び始めたね。
お花を咲かしてくれるのを、心待ちにしてましたよ~。

自作の水辺。
植木鉢の穴を塞ぎ、正月飾りの残りの竹で、ゼロ円で創った、なんちゃって水辺。
夏はかえるちゃんの憩いの場になるんです。


つわぶきちゃん。
お花が終わって、ふわふわぁ~って、綿みたいになったのね。
つわぶきちゃん、大好き。

虫の目線になって、色んなものを見るのが好き。
自然の営みを、再現して、なるべく自然の山里の変化や生きてることを、毎日庭で感じたいのです。
きっと何年も何年もかけながら、時には植え替えや、移動もあるだろうけれど、、
健気にたくましく、育つ、草木、お花、畑の作物、、、
手をかけたら、応えてくれるように、素直に、ありのままの美しさを、教えてくれる、私の、大先生!ですから。
これから、色々、芽吹き始めるのでしょうね~。
愉しみです。
そして、今後の構想を、あれやこれや、考えながら、、、
お茶を、一服いただきましょう。

部屋の中にはワイヤープランツの和風仕立て。
華奢な枝の伸びが、なんとも可憐で美しいのです。
温故知新。和風大好き。着物着こなしたい!
私は和風が大好きです。
家も和風木造、絢爛豪華なお城よりも、侘び寂びの美しさや、引き算の魅力に、惹かれます。
お庭も、自分でゆっくり、時間をかけて、造っています。
業者さんとも、知り合いになり、砂利や石、ちょっとした木などは、自分で専門店に行き、トラック借りて搬入し、コツコツと、まだ造園中です。
職人さんに間違われました。笑。

こちらは、南の庭。
我が家の哲学の道、と呼んでいます。😉
30センチピッチで、小道を砂利で造り、とりあえず、島を作成して、、です。
家を建てた時に、大きなシンボルになるものは、専門の造園職人さんにして頂きましたが、あとは自作です。
ゆっくり、ゆっくり、私だけの庭を創作していきたいです。
まだまだ、制作中ですよ~。
今年四年目です。


こちらは、中庭の一部です。
真ん中の楓だけ、植えて頂き、あとは自作です。
建築家さんが久しぶりに来た時に、自作ですかぁ!!と驚いていました。
業者に依頼すると、50万円?くらいはかかるそうで、、、。((((゜д゜;))))
ひ、ひぇー(>_<)、、、
イヤイヤ、、そんな外構にお金かけてれません。
五万くらいですかね。
砂利なんて一袋198円のですから、一番高くついのは、石代かな。
造園は、空間アートだと、造形芸術だとわかってから、草木の成長を考え、、時間をかけて、創作するのに、ハマってしまいました。
和風って、落ちつきます。
しかも、自分で手間暇かけて、時間を重ねて、、、苔なんかを見ると、萌~❤となります。
着物も好きで憧れです。
そんな私に、着物を着せてくれ、サイズが合わないからとくださった、友達がいます。
着付けて頂きました。

いつか、自分で着こなせるようになりたいです。
日本には日本の風土にあった、暮らしと温故知新を日常の暮らしに、織り交ぜていくのが、なんとも幸せですね。

キッチンの高さには拘ってぇ!腰痛対策の為にも後悔しないで!
私が家造りに関して、明確だったことの一つに、キッチンの高さがあります。
以前から常々、なんか、、なんか、、、なんか、、、使い勝手が悪いよなぁ、、と
漠然と感じていました。
昔、ハワイのコンドミニアムに滞在した時です。
え!めちゃくちゃ料理しやすいし、はかどるぅ!なんでかな?
それは、キッチンの高さでした。
身長152の私が、背筋ピンとのばし、時にはモノを取るときには、背伸びして、、、
それが、凄く使いやすく料理片付け、お勝手仕事が激変する要素だと気づいたのです。
前かがみに、一切ならないから、腰痛とは無縁!
これだ!!と、長年あたためてきました。
そこのコンドミニアムのキッチンの高さを測ったら90センチでした。
そして、我が家は、90センチにし、大正解です。
日本では、大体85センチが標準だと思います。
古い計算式ですが、一応一般的には身長✖0.5+5センチ。
というのがうたわれていますが、古いです!
日本人女性平均身長は158ということで計算すると84センチのキッチン台、、という結果になります。
しかし!これこそ、看護師の私が思うに、生活習慣病による腰痛の発生に関わっていると思います。
もう、そんな時代ではないです。
実際、リフォームや、キッチンの悩みでは、高さに関する悩み解決が圧倒的に多いそうです。
身長低めの152の私が90センチのキッチン台で伸び伸び、お勝手を愉しくしているのです。
包丁でお野菜切るにも、腰まっすぐ、、
洗い物も、なんなら、体をピン!と伸ばしてストレッチしながら、過ごせる毎日は、ストレスにもならないし、家庭平和にも繋がるし、何より、日本人に多い腰痛防止になる!と、保健的にも、予防医療として、推薦したいです。
メーカーさんのいいなりにならず、自分のお勝手しやすい高さを、ぜひ、見つけてください。
標準装備にならない高さだと、少しお高くなる可能性ありますが、なんとか妥協せずに、
健康的に、肩の痛みや腰の痛みから解放されて伸び伸び、お勝手できる健康な、キッチンにしてくださいね!


薬用ミューズノータッチ泡ディスペンサーって本当に優れもの!
キッチンや洗面所の石けん入れ、、ポタリしたり、詰め替えやら、気になっていました。
主人が買ってきたのがこれ。

設置してしまったので、パッケージなくてすみません。
薬用ミューズノータッチ泡ディスペンサーってのです。
しかし!これ、本当に優れもの!

全体はこんな感じ。
本体をブスッと下向きにセット。
薬用ミューズが、手をかざすと泡になって出てくる。
ほぉ~!! お~!!
テンション上がる。

キッチンにはもってこい!です。
この時期、ウィルス対策に、薬用ミューズノータッチは活躍してくれます。
ホームセンターでセットで1200円くらい、詰め替えもあります。
我が家では水回りに、全て使う予定ですよ。
液体漏れもないので清潔。
風邪に、インフルエンザに、季節の変わり目、しっかり手洗い、うがいして、この季節を健康に乗り越えましょうね。

キチジョウジソウのお花です。
咲くといいことがあるそうです。
本当かなぁ、、?笑。
22日追記更新。看護師の私が厚生労働省に電話した!ナースプラクティショナーの件で!24日新記事書きました。
私は看護師として20年以上現場で命と向き合ってきました。
ミッション系の看護大学卒業後、グループの総合病院に勤めました。
日本で始めてホスピスができた病院です。
始めはICU今でいうER、ホスピス、癌専門外科病棟、外来、総合内科病棟、訪問、透析、、、
一応、自分が飛び込みたい現場は体験でき、最前線の医療、その現場現場での実情を身をもって経験できたことは、財産です。
何よりも、出逢った患者さんとご家族、共に闘病し、考え、受け止め、悩み、命の最期をも共にさせて頂けたことは、一人一人忘れられない大切なこととして、今も心に生き続けています。
でも、葛藤も多く、矛盾も感じること多々あり、おかしいじゃないか!と、命に関わることだからこそ、国の打ち出している対策と方向と、現場のギャップを、嫌という程、見てきました。
またブラック病院も多いのも実情です。
ハッキリいいます。
白い巨塔は立派に健在です!
医療絡みのお話しは、多岐に渡るので、今回は、何故、厚生労働省に直に電話をすることになったのか、、ということに絞って、書いていきます。

看護師といっても、日本には准看護師と正看護師と資格が二つあります。
正看護師は、専門の学校、短大や大学を卒業し、国家試験に合格して厚生労働大臣が資格の発行をします。
私は後者ですが、実情現場では、お給料や待遇の差があるものの経験と共に同じ看護医療を行っています。
決して免許の差だけでなく、ひと言看護師と言っても、非常にレベル差が幅広い仕事です。
これは経験だけではなく、人としての資質やスキル、、そういう意味では医者も同じでしょう、、ということが大きいと感じます。
絶えず学びながら、自分で考え、解剖生理、病態、、など症例を経験することで、医者と対等にディスカッションできる看護師もいます。
時には、医者よりも、患者さんとご家族と話し合い、深く関わることのできる看護師だからこそ、治療方針や、こと、ターミナル、終末期には、激しいカンファレンスになることもあります。
何より人間力が試されるのが、そういう現場です。
コミュニケーション力、信頼関係を構築し、人間と人間として、向き合えるか、、
そういうところが、患者さんとご家族には、薬より処置よりも、必要なことになってくるからです。
でも、こういうレベルの差が評価される訳ではありません。
人によっては、地位や名誉のため、管理職になるために、事なかれ主義で、出世を狙う人もいます。
私は、出る杭は打たれるタイプで、医者とも喧嘩になったこともありますし、ドクターを泣かせてしまったこともあります。
部長に、お前ぇ、泣かすなよ~、、と肩を組んで言われましたが、医者の教育は医者でやって、、と、でも認めて任せて下さる先生もいました。
でも、患者さんの命のために、戦っても、それが反映されないのです。
評価してくれる人はいても、同じ看護師として、同じ、、
つまり、決められた業務をこなしてるだけでも、医者とカンファレンスできるレベルでも
待遇は変わらない、、それは仕方ないことでもあります。
看護師の職責役割は、医者の指示のもと医療行為を行う、、、というのが仕事ですから。
そういう意味では、それ以外の見えない分野のことをしているわけですから。
でも、この見えない分野こそ、命に寄り添い、病気と共に生きる患者さん、死にゆく患者さんと、ご家族、またひいては亡くなった後のことも考えて、何が一番、この方の場合は最善か、、、
考え話し合い、ドクターとも話し合い、治療方針も考える、、、
薬剤師や色んな職種の方を交えて包括的なケアを、、そのコーディネートのような役割が必要で、それが看護師にしかできない、と私は思っています。
しかし、今の日本にはそのような職種はないのです。頑張って現場でその役割を担っても、自分の人生もあり、、、
自分の人生のことも考えると、激しく消耗する割には地位も報酬も少ない、拘束時間はは長い、、、看護の現場から、去って行く人も多いです。
かくいう私も、現在は、現場を離れて、違う視点から医療や社会を見つめています。
大事な人材ほど、現場にいれなくなる、矛盾があります。私の友達も、優秀なのに働いていない友達は沢山います。

アメリカにはナースプラクティショナーという上級の看護師、臨床医と看護師の中間に位置ずけられる職種があります。
日本の医療は、海外の先進国より10年20年遅れているとはよく言われますが、全くもってその通りです。
ナースプラクティショナーについてはググって下されば出て来ます。
私はこの制度を日本にそのまま導入するべきとは、思っていません。無理です。
アメリカとは、保険制度なども含め背景が違いますし、そんなアメリカの社会から独自にニーズに対応すべくできた職種だと思うからです。

日本では専門看護師、認定看護師という制度はあります。
各分野のエキスパートということです。
これは日本看護協会に入会している看護師しか取得できません。
因みに、看護連盟という政治組織もあります。
その受講料などは高額で、仕事しながら、学び資格を取るのは狭き門です。
また会費が必要になります。年会費5000円、その他都道府県の協会にも会費を払わなければいけません。
なんか、おかしくないですか?
なんでそんなにお金を払わないといけないのでしょう?
看護師全てが日本看護協会に入会している訳ではありません。でも、大きな総合病院では義務づけられていることが多いです。
認定看護師などのスキルに不可欠だからです。
でも、認定看護師とらない人にとっては、なんのメリットもない、これが実情で、看護会の白い巨塔は、こんな団体にまずあるのかも知れません。
昔から言われていることの一つには、看護の質とレベルを向上させるべく、看護師の一本化、つまり准看護師をなくして、国家資格をもった正看護師に揃えましょう、、
という動きはありましたが、ことごとく、それに反対をし続けているのが、日本医師会です。
その本音は、安い給料でドクターの指示通りに処置だけしてくれる人材、お手伝いさんを失いたくない、というところでしょう。
ここにも白い巨塔が、ドーンとあります。
日本医師会の立場は、問題の本質は医師不足であり、医療の安全や質の点から、ナースプラクティショナーの導入には反対してます。
でも、厚生労働省は2010年今後の医療を鑑み、看護師の役割拡大も含めて2015年から特定行為に関わる看護師の研修制度を開始しました。
でも、ナースプラクティショナーとは異なると名義されています。
診療看護師という名前で始まっています。
しかも、その方法は大学院博士課程での養成教育で、なんとも大変な道のり、、、。
ミニドクターを作っても意味がないのでは?というのが、私の見解です。
ここまでの説明が長くなりましたが、、、
そういう、モヤモヤしていた思いを、直接、厚生労働省に電話で問い合わせた訳です。
これからの日本、そんなたいそうな資格からやって間に合うのか?
家庭と両立できるような命の現場こそ、働き方改革が必要で、潰れないで、腐らないでイキイキと、能力を発揮してニーズに応えれる方法を、、
日本独自のナースプラクティショナーの論議はどこまで進んでいるのか?
担当の方と色々思いの丈をお話しさせて頂きました。
実情、進んでいないことも、認めてらっしゃって、貴重なご意見ありがとうございます。
と、お話しは終えましたが、、、
白い巨塔の大元かも知れないと思っていた、厚生労働省と、直接話すことになるとは、思ってもみなかった展開でした。
これからの、私に何ができるのか?
今までの体験を含め、絶えず色々考えていますし、これからも書いていきたいと思います。

読んでくださりありがとうございました。
読んでくださっている皆様へ。
2月22日、追加して書きます。
リツートして下さった方がいらっしゃったお陰で、この記事を沢山の方に読んでいただき、嬉しいです。
一度に書き切れることは限られています。
また、私はブログやTwitterなどに慣れておらず、苦手です。
それでも、書きたい、と思って、ブログも始めました。
あくまでも、私の実体験からの考察ではありますが、多くの方に知って欲しい、医療者だけでなく、患者さんにも、普通に病気でなく過ごしている方にも、、
それは、いつ、何どき、自分にも降りかかるか、わからないことだからです。
命よりも重いものって、一体なんなの?この問いは、ずっと私の中にある叫びです。
私自身、病気して、入院したことがあります。
看護師であり、患者でもあった訳です。
幸せで、満足のいく医療を受けれたのか?
それは、残念ながら、そうとは言えない部分も、あります。
もちろん、全否定ではないです。
そして、看護師として、働いている中でも、なんか闇?を感じることも多く、自分なりに色々と調べてきました。
そして、私には、最愛の妹がいます、正確には、いました。
しかし、長い闘病生活の末、三年前に、他界しました。
その闘病に、一生懸命、ナースとして、主治医やスタッフとも、私がナースであることを踏まえ、なんども話し合いを重ねてきましたが、、、
最後は、無残な、最期でした。
大きな町の市立大学病院です。
治療や検査の段階でも、私が、入っていって、処置をしなければならなかったこともありました。
研修医しかいず、私が指示を出して、難を逃れました。
細かくはここでは書きません。
妹の死後、堪えきれず、その医大病院を訴えようか、とも思い、弁護士とも話しましたが、今はそちらには進んではおりません。
どうせ、無理でしょうしね。
私自身、看護師であり、患者であり、患者の家族であります。
最愛の人の命に関わること、、その最後のこと、、、
こんなに悔しく、後悔しても仕切れない、、、そんな最愛の人を失った後にまで、
こんなに重く苦しい十字架を、家族に、背負わせていいのか?
と、強い思いがあります。
肩書きや資格や机上の論議だけで、色んなことが進んでいることに、違和感を持っています。一番大切なのは、人間と人間が向き合い、真摯に、命と向き合い続けることを諦めないことではないでしょうか。
そして、それを一番大切にすることが普通になれば、、、
医療訴訟なども、もっと少なくなるのではないでしょうか。
私のような思いをしているから、訴訟になる訳ですから。
だから、私の気持ちを書こうと思いました。
いつだったか、医師が、MRI?CT?の画像を見て、自分の分野の科ではなかったから、、、と、癌を発見できなくて、その患者さんが亡くなり、問題になりました。
その後、医師会?厚生労働省?が出した方向は、今後、画像診断専門医を育成するということでした。
そんなバカな、、、と、私は思いました。
2年前?でしたか、コロンビア大学では、25年先にはAIによって、単純労働は激変するだろうと、発表されました。
医療の分野にも、AIを導入して、専門医を育成するより、人工知能に任せた方が、よっぽど、診断も間違いないでしょう。
そういうような情報がありながら、医大の不正なども含め、、
利権を握りしめて離したくない、人の命よりも、そっちの方を大事に、しているようなお偉いさんが、上の方では団結しているように、率直に、穿った見方をしています。
あくまで、私の考察ですが、、、
そんな、実際の事例なども、追って書いていけば、小さな、私にも、何かができるかも知れない、、、、そう思っている次第です。
ですから、これからも、書いていきたいと思います。
時々、見にきてくださったら、幸いです。
NPを目指して、頑張っていらっしゃる現役の方にも、私の言葉が届いたら、嬉しいです。
今日は、このくらいにしますね。